コラム転載 インフルエンザ予防接種は受けるべきなの!?
この時期話題になるのが「インフルエンザの予防接種」です。
でも巷では、副作用のからみから予防接種を打たないことも多くなっていますよね。
今日は、そんなやりとりが2013年11月25日の朝日新聞コラムに掲載されていましたので転載致します。
「あの~ インフルエンザのワクチンって、打っても意味ないって聞いたんですけど・・・」
この季節になると、こんな質問を患者さんから受けることがあります。この方は軽度の肝障害があって、近くの開業医さんから紹介された方でした。抗生剤を使用した直後に判明したので、当初は薬剤性ではないかと思われたのですが、いろいろ調べさせていただいて「脂肪肝」との診断になったのです。最後にダイエットすべきことを説明したあと、「そういえば・・・」とインフルエンザの予防接種をお勧めしたのです。
「インフルエンザに罹っている人との接触がなければ、そもそもインフルエンザにはなりませんからね。その場合は、打っても意味ないってことになりますね。でも、Aさんはお元気で、たくさんの子供と接する仕事もされていますから、打っておく価値はあると思いますよ」
Aさんは幼稚園の保母さんです。毎年のようにインフルエンザに曝されているはずです。
「でも、私、インフルエンザになったことありません」
「あ、なるほど。風邪ひいたこともないですか?」
「まあ、ときどき風邪ならひきます」
「そのなかの、いくつかはインフルエンザだったかもしれませんよ。インフルエンザとはいえ、必ずしも寝込むとは限りませんから」
ちょっとAさんは考え込んでいるようでした。
「インフルエンザのワクチンを打ったことありますか?」と私は聞きました。
「はい、毎年打ってます。職場で打つように言われているので」
「なるほど、それなら、インフルエンザの症状が軽くすんでいた可能性もありますね。ところで、どうして今年になって打つのをためらっておられるのです? 副作用できつい思いをされたんですか?」
すると、Aさんは意を決したようにこう言いました。
「あの~ 感染症の先生にこんなこと言うと怒られるかもしれませんが、友人から借りた本に『インフルエンザワクチンは打たないで!』って書いてあったんです。ワクチンは劇薬だし、副作用ばかりで、まったく効かないものだって・・・。先生、どう思われます?」
ややこしく屈折した本を読んでしまったのかもしれません。現実社会の喧騒から距離をおいて、個人的な価値を追求するのはひとつの生き方です。ただ、その生き方を一般化しようとするときには、注意深くしないと空想や陰謀が頭をもたげることもあるようです。
「どんな薬もそうですけど、劇薬だし、副作用ばかりですよね~。まあ、使い方次第ってことじゃないですか? インフルエンザワクチンだって、何回も立て続けに打てば、私だって病気になっちゃいますよ。適切な量ってのが毒と薬の分かれ目にはあるんだと思います。インフルエンザのリスクを軽減するって目的のためには、年に1回ぐらいがちょうどいいでしょう。もちろん、1回打ってみて副作用が強めに出てしまった人は、もう打たない方がいいと私も思います」
なるほどとAさんは頷いておられます。そして、続けて「ワクチンって効くんですか?」と質問されました。
この質問に答えるのは、いくらか厄介ですね。というのも、「効く」とは何かということが曖昧なことも多いからです。その一方で、「効く」の定義を厳密にしようとすると、かなり医学的な用語を駆使しなければならなくなり、患者さんは議論についてこれなくなります。それに、「ワクチンって効かないんじゃないか」と疑念をいだく患者さんを論破しても何の意味もありません。大切なことは、自ら納得して、打つか打たないかの判断をしていただくことです。
「Aさんが『効くんですか』とおっしゃっているのは、たぶん、インフルエンザに罹るかどうかってことなんだと思います」と私は言葉を区切りながら説明しました。「その意味では、すごく効くとは言えないと思います。いくつかの信頼できる研究を総合すると、65歳以下のインフルエンザ発症のうち、ワクチン接種すれば70%から90%ぐらいを予防できるってことになります(Wilde JA, et al.: JAMA 1999;281:908-13, Bridges CB, et al.: JAMA 2000;284:1655-63, Palache AM: Drugs 1997;54:841-56, Demicheli V, et al.: Vaccine 2000;18:957-1030)」
「70%から90%って、私からすると結構効くんだなって思いますよ」とAさんはむしろ驚いています。
「そうですか? でも、ほかの冬風邪は予防できませんから、やっぱり体調を崩す日はあるわけで、あまり実感できていない方も多いかと思います」
「インフルエンザのワクチンって、感染を予防するんじゃなくて、こじらせないようにするって聞きました」
それは正しい知識ですね。どんなワクチンも完璧ではありませんが、とりわけインフルエンザワクチンは感染予防に関しては大変心許ないものですから・・・。私は大きく頷いてから、こう言いました。
「そう考えてもらった方がいいです。とくに高齢者や持病のある方では、あまり感染予防の効果が期待できないようです。老人ホームの入所者を対象とした研究では、ワクチンによる感染予防効果は30%から40%に過ぎないと出ています。ただし、入院するほどの重症化なら50%から60%を予防して、さらに80%の死亡を予防したとなっています(Patriarca PA,et al.: JAMA 1985;253:1136-9, Arden NH,et al.: Presented at the Options for the Control of Influenza Conference, 1986:155-68, Monto AS,et al.: Am J Epidemiol 2001;154:155-60)。でも、Aさんは若くて持病もありませんから、この数字はあてはまりませんね。むしろ、先ほどの65歳以下のデータ、つまり、『打てば70%から90%が感染予防できる』という理解で判断いただいた方がよいと思います」
だんだんAさんの目が点になってきました。ちょっと数字を振り回しすぎたようです。「う~ん、難しいですね。こんがらがってきました」とAさんが言いました。
「すいません、分かりにくくしてしまいましたね。私なりの結論をいうと、Aさんがワクチンを打てば、8割ぐらいの感染予防効果が期待できるってことです。ただし、他のウイルスは予防できませんから、やっぱり今年の冬も風邪ひくことになるかもしれません。また、これまで副作用がなかったとはいえ、ワクチンを打てば多少は体調を悪くしたり、打った場所が腫れてしまったりという問題もありえます。これをどう受け止めるかは個々人の判断ですよね」
「園児さんを守るためにワクチンを打つよう言われるんですけど・・・」
「まあ、それは職場ごとの方針ですから、私からは何とも言えません。私たちの病院でも、職員にはワクチンを打つよう求めていますよ。やはり、インフルエンザに罹ると重症化したり、死亡したりしかねない患者さんたちを相手にしていますから・・・。ただ、最後は職員自身の判断です。接種するよう強制はしていません」
Aさんは大いに納得しているようでした。続けての質問。
「友人から紹介された本では、インフルエンザワクチンに周囲への感染を予防する効果はないと書かれていました。前橋市での研究で証明されたと・・・ ほんとですか?」
これは1987年1月に前橋市インフルエンザ研究班がまとめた、通称「前橋レポート」と言われる論文のことでしょう。しばしば、感染拡大を予防する「集団免疫」の効果を否定する証左として引用されています。当時としては括目すべき研究だったのですが、残念ながら古くなってしまいました(というか新しい大規模研究が国際的に次々と出ています)。私はこのように答えました。
「その前橋市の小中学生を対象とした研究は、25年ほど前のものですが、今でもよく引き合いに出されます。ただ、当時は今のような迅速診断キットもなかったんですよ。なので、その研究ではインフルエンザを発熱(37℃以上)と欠席日数(連続2日または3日)だけで診断していました。つまり、他のウイルスによる風邪を排除できていません。また、統計的な解析も不十分で、今だったら『周囲への感染予防効果はない』という結論にはならなかったでしょうね。一方、最近では、周囲への感染予防効果を認める研究がいくつも出ていますよ(Hurwitz ES, et al.: JAMA 2000;284:1677-82, Loeb M, et al.: JAMA 2010;303:943-50)」
「感染予防効果を認める研究がいくつも出ている」、Aさんは言葉の信頼性を確認するように反復しました。しかし、やはり若干不満のようです。それはそうですね。所詮は紙の上での論証にすぎません。そこで私は沖縄を引き合いに出すことにしました。
「ワクチンによって感染拡大が抑制できていることは、実は、私たちの病院で毎年のように実感しているんですよ」と私は言いました。「沖縄では、夏と冬の2回インフルエンザが流行しますよね。ところが、夏にはワクチンがないため、中部病院では職員が数多く感染して拡大する傾向があるんです。具体的には、去年の冬と夏を比較すると、夏の方が3倍もの職員がインフルエンザに感染してしまいました。夏のインフルエンザは一旦拡がりはじめると止めにくいんです。その理由はワクチンの有無にあるんじゃないかと私は考えています」
「たしかに」とAさんは感心したように言いました。「たしかに、そうですよね。私の幼稚園でも同じです。夏の方が流行しはじめたら厄介です」と頷きました。
ただ、まだ判断はつかないようです。そろそろ潮時なのかもしれません。私も、これ以上、言うべきことは思いつきません。
「今日はここまでにいたしましょう。あわてて打たなくてもいいですよ。打つ意味がないと思われるなら、打たなくっていいと思います。いろんな本を読んでみたり、私のような専門家の話をきいてみて、いずれご自身で判断されてください」
「そうですよね。いろいろ参考になりました。ありがとうございます。ワクチンをどうするか、園でも話し合ってみたいと思います」
そう、不安ならワクチンは打たない方がいいと思います。「打て!」とか「打つな!」とか、頭ごなしに言うのは医師の態度ではありません。「集団を守るために」と利他的なワクチン接種を他人が迫るのもどうかと思います。それぞれ自分自身の判断で打つのがよいのです。その判断がどちらであっても非難すべきではありません。ただ、適切で公正な情報提供ができるよう、私たち医師は努力するまでです。